常磐の最果てから

福島県いわき市在住のライター、小松理虔のブログ。

漆の時間軸

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先月、会津若松市漆器工房の見学体験ツアー「テマヒマうつわ旅」を主催する貝沼航さんにインタビューしてきた。幸運にも工房も見せて頂き、作業風景や美しい木地を見せて頂いたのだが、何より感激したのは、漆の持つ独特の時間軸に触れられたことだ。

(そのインタビュー記事は、こちら「東北オープンアカデミー」のウェブサイトで公開されているので、どうぞそちらも詳しくご覧頂きたい。)

写真の職人さんが型どりしているお椀型の木地は、昭和50年代、先代の時代に粗取りされたものだそうだ。粗取りした木地の乾燥には長く時間がかかるし、木地に塗る「漆」が育つのにも、やはり15年近くはかかる。それを待って工程を進めるのだ。今の職人さんが粗取りした木地は、たぶん20年とか30年とか後になって息子さんが削るのだろう。その時間の捉え方、時間との関わり方が、なんともよいものだなあと、ぼくには思えた。

貝沼さんに話を聞くと、漆には、やはりほかの伝統工芸にはない独特の「時間軸」があるのだという。その話がとても印象深かった。インタビュー記事から引用しよう。

漆塗りに使われる漆の液は、成長した漆の木の表面に傷をつけて採るのですが、1本の漆の木を育てるのに15年ほどかかります。この15年という時間は、暮らしの中で使い続けた漆器に、ちょうど塗り直しが必要になってくるタイミングとほとんど同じなんです。また、漆器の木地を採る木も、樹齢50年〜100年のものを使いますが、漆器の耐用年数も同じくらいの時間です。塗り直しが必要になったときには、漆の木が育ち、新しい器が必要なったときには、ちょうどよく木が育っていることになります。つまり、漆器の時間軸は木材の成長サイクルとリンクしているんですよ。漆器を使うことは、自分の生活を地球のサイクルに近づけていくことにつながると言っていいかもしれません。


そもそも1つの食器を15年も使えるというのに驚きなのだが、ハゲた部分を塗り直しをすればさらにもう15年寿命を延ばすことができると聞いてさらに驚いた。その30年の間に、新しい木が育ち、新しい職人もまた、成熟した技術を身につけることができる。すべてが「木の育つタイミング」に合わせられているのだ。

そこで思った。ぼくたちは何をそんなに急いでいるのだろう、と。

何のために毎日を一生懸命がんばり、次々に新しさを求めているのだろう。それでぼくたちは豊かになっただろうか。むしろ疲弊し、追い求めてきたはずの豊かさとは、まったく対極にあるような場所で、息もたえだえになっているのではないだろうか。そんなことを、漆は語りかけてくる。

ぼくたちは、知らず知らずのうちにいろいろな「軸」に支配されている。時間にしてもそう、金銭にしてもそう、もしかしたら恋愛もそう。それが「いい」とか「悪い」とか言いたいわけではない。今までとは違った軸を意図的に挿入することで、今までの自分の軸がどこにあったのかを客観的に探索できるのではないか、ということだ。

漆の時間軸。毎日の味噌汁や地酒を飲むたびに触れられたら、とても贅沢だと思う。使うたびに、今の自分の日常を問い直し、生活を足下から見つめ直すきっかけになりそうな気がするのだ。今から30年使ったら、ぼくは65になっている。廃炉を見届けるまで漆を使い続けるのも悪くない。

次に会津に行ったときには、漆のぐい呑みを探してみるつもりだ。

(終)