常磐の最果てから

福島県いわき市在住のライター、小松理虔のブログ。

ぼくは母親になりたい

f:id:RIKENKOMATSU:20150607231131j:plain


昨年の9月に生まれた娘が、どうにもこうにもかわいいのである。愛おしい。

そしてその愛おしさは、生まれた日から毎日最高値を更新しているといったありさまなのである。生まれた日が100だったとしたら今は250くらいだろうか。娘が20歳になったときには800000くらいにはなっているだろう。ぼくは膨らみ続ける愛に押し潰されて死んでしまうかもしれない。

抱っこしていると、とてもいい匂いがする。太ももの柔らかさ、お尻のつるすべもちもち感は極上である。ほっぺからあごにかけての、あのたぷたぷとした肉に鼻をグイグイ押し付けて、気が済むまでクンクンしているときの至福。どんな美食も、どんな風光明媚な観光地も適わない、幸せの極致。

しかしそれでも、どれほどぼくが娘を愛していようとも、娘は母親を求める声を発する。妻が娘を抱っこする様はまさに聖母マリアのそれで、正直神がかっているとすら思える。母親でなければ泣き止まないときも当然ある。

ぼくだって娘を愛しているのに、なんなんだろう、この差は。不公平だ。母親というだけで、これほど対応が違うのはずるいというものだ。(最近は抱っこしても「お前じゃない」みたいな感じのリアクションされるし)

ちょっと変な話なのは自覚しているのだが、

娘を抱っこしたり、一緒に添い寝したりしていると、たまに娘と一体化したくなるときがある。体の中に取り込みたくなるというか、ひとつになりたいと思ってしまうのだなあ。変かなあ。

しかしぼくはどうがんばったって妊娠することはできないし、腹を痛めて子どもを生むこともできない。ほんの1年前まで、へその緒1本で娘とつながっていた妻の足下にも及ばないのである。結局、オスなんてもんは無力だ。オスのカマキリと一緒で、最後はすべてダシに使われてメスの胃の中に収まる。悲しすぎる。

f:id:RIKENKOMATSU:20150607231615j:plain


ああ、ぼくは母親になりたい。

母親の、あの慈愛に満ちた存在になりたいのだ。父親では無理なのだ。

ぼくにだって母性はある。まだお風呂に入れるのは得意ではないけれど、離乳食だって作るし、お散歩にも(時間があれば)毎日だって行けるし、抱っこするのは得意だし、一緒に遊ぶのだって喜んでする。そもそも、妻に負けなくくらい娘を愛している。

母親は腹を痛めて生んだから偉い? そんなはずはない。ぼくだって妊娠できるもんなら妊娠してやるし、どれほど腹が痛くても耐えてやる。それなのに、母親は、子を生んだだけで、母親なのである。母親ずるい。でも、母親すごい。母親は偉大だ。

偉大なる母。ああ偉大なる母。

母親には適わないということを知るために、子育てするようなものだ。ああほんとうにそうだ。父親とは本当にちっぽけなものだ。だいたい、母親の苦労も知らず、母親になりたいだなどと語っている。ぼくという父親は本当にちっぽけなものだ。

同じ釜のカレー

f:id:RIKENKOMATSU:20150528170448j:plain

気がついたらブログをほったらかしにしていた。

もしかしたら、ブログに書くようなことがない日のほうが、穏やかな一日だったということなのかもしれない。ほったらかしにしていたこの2ヶ月近くの時間を、ぼくはけっこう充実した気持ちで過ごしてきたつもりである。特別な何か、例えばSNSに投稿したくなるような何かなんて本当は必要なくて、SNSをやってるから特別なものだと思い込んでいるだけなのかもしれない。

と、そんなことを言っておきながら、

今日は入遠野に行ってきた。山さと農園の佐藤さんのところで、カレーを食べながらインドの映画を見ようというイベントがあったのだ。以前どこだかでビラをもらってからずっと気になっていたのだった。とにかくおいしいカレーが食べたくて。

仕事以外で何かのためにどこかに行く。久しぶりだ。

ビラの通りに車で向かうと、山の上になにやら豪華な山小屋が。農家民宿cozyという場所だそうだ。こんな建物が入遠野の山奥にあるのだから面白い。中も囲炉裏があったり、泊まって語り合ったら楽しいだろうなあと思わせるいい感じの和室がいくつもある。いろいろと妄想の膨らむ場所である。

f:id:RIKENKOMATSU:20150528171335j:plain

なぜ、山さと農園の佐藤さんが上映会を企画したのかというと、佐藤さん、インドの農村を支援する「アーシャ」というNPO団体に入っているそうで、何度もインドを訪れているそうだ。その関係で、今回インドのスタッフがいわきに来るのに合わせ、せっかくならみんなで映画見つつカレーを食べようぜ、と。そういうことのようだ。

出てきたカレーは本格的だった。スパイスが違う。米も、バスマチィ米という、インドで食されているものを炊いて用意してくれたものだ。インドのスタッフが作ってくれたカレーだけでなく、平にあるアズーロ、コノイエのお2人が作ったカレーもあった。とにかく贅沢である。カレーは飲み物ではない。じっくりと頂くものだと確信した。

f:id:RIKENKOMATSU:20150528171615j:plain

久しぶりにおいしいカレーを食べた。このカレーはああだ、このカレーはこうだ。そんな話をしながら、うんうんうなずきながら食べる。そりゃあ飲み物というわけにはいくまい。みんなして同じ場所で同じメシを食うのだ。おっちゃんもいれば、おねえちゃんもいる。サラリーマンもいれば金持ちもいるかもしれない。まあ、カレーを前にそんなことは関係ない。じっくり味わうべし。みたいなのがよい。

f:id:RIKENKOMATSU:20150528171632j:plain

映画は、『聖者たちの食卓(原題:Himself He Cooks)』という2011年の映画。シク教の総本山であるハリマンディル・サーヒブで毎日振る舞われる食事についてのドキュメンタリーだ。音声はほとんどなく、大量の食事が作られる様子が厳かに、そして淡々と描かれている。みんなでメシ作って、みんなでメシを食う。そこにある穏やかさ。

f:id:RIKENKOMATSU:20150528170819j:plain

共同食堂では、毎日10万人分の料理が作られるという。そしてそれをみな、無償のボランティアが支えている。シク教カーストを否定している。富める者も貧しい者も等しく食事を用意し、体を清め、そして、同じ釜のメシを食う。本当にシンプルなことが、贅沢に、特別なものに思えてしまう。ぼくらの食生活は本当に豊かなのだろうか。

ここでは、みんなが提供者であり、みんなが客だった。客とか店員とかそういうんじゃない。今だって「生産者」と「消費者」という、まったく反対の立場を示す言葉が都合良く使われるけれども、本来は、そう簡単に区別できないものなんじゃないかなあ。


天の我が材を生ずるや必ず用有り

f:id:RIKENKOMATSU:20150406233446j:plain

ずいぶんと余裕綽々の毎日を送っている。今日は平日だのに花見と決め込んだ。桜が見頃になったというのに、昨日までは天気に恵まれず、明日からは逆にずいぶんと天気が崩れるようだ。ならば今日しかない、ということで。

小名浜の自宅から車で10分。大畑公園の桜は八部咲き。なかなかの見頃である。

平日の昼間からぼんやりと桜を眺めながら缶ビールなんて飲んでていいのだろうか。フリーになったというのに、案の定、大きな仕事なんてほとんど決まらず、先行きは不透明でしかない。目下、追い込まれる要素しかないはずである。

ところが、ぼく本人は焦らずにのんびり構えていようと決めている。今まで社会で生きてきて刷り込まれるように教えられてきた「こうしなくちゃいけない」みたいなことを、一度自分の頭の中から取り払ってみたいというのもある。

ぼくの大好きな中国の詩人、李白の詩に「將に酒を進めんとす」という詩があって、こんな一節がある。

人生得意須盡歡  人生 意を得なば 須らく歡を盡くすべし
莫使金樽空對月  金樽をして空しく月に對せしむる莫かれ
天生我材必有用  天の我が材を生ずるや必ず用有り
千金散盡還復來  千金は散じ盡くすも還た復た來らん
烹羊宰牛且爲樂  羊を烹(に)、牛を宰(ほふ)りて且らく樂しみを爲さん
會須一飲三百杯  會らず須らく一飲三百杯なるべし

人生は、あるがままの自分を受け入れて楽しみ尽くさなくちゃいけない。黄金の酒樽を空しく月に向き合わせるようなことをしちゃダメだ。天が私を生んだからには必ずなすべきことがある。金なんてもんは使い果たしたってまた戻ってくるんだから、羊を煮て牛を料理し、楽しみ尽くそう。一度に300杯は飲むくらいの勢いで。

という意味。

李白は酒好きで有名で、酒に関する詩をいくつも残している。まあ、余裕ぶっこいて酒を飲んでていいのは李白のようにもともと才のある人間だけだ、というのはわかっているのだけれど、ただ、意味もなく「天の我が材を生ずるや必ず用有り」というのを、実はぼくも信じている。

やるべきことは、やるべきタイミングで、空から降ってくるように舞い降りてくる。舞い降りてこなければ、それはそういう自分でしかなかったのだ。諦めもつく。ただ、そういう「おーい仕事よ、空から降ってこい!」みたいな状況になってみなければ、自分が何者であるのかも実はよくわからないのではないか。

ダメならダメなりの道があるし、運が良ければ大金が舞い込んでくる道もある。どっちにしてもまあ道は切り拓いていく限り、できていくものなのだ。

美しく散るんじゃない。散ってもまた咲くってところがいいんじゃないかねえ。

(終)

漆の時間軸

f:id:RIKENKOMATSU:20150403234314j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150403234337j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150403234359j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150403234418j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150403234748j:plain


先月、会津若松市漆器工房の見学体験ツアー「テマヒマうつわ旅」を主催する貝沼航さんにインタビューしてきた。幸運にも工房も見せて頂き、作業風景や美しい木地を見せて頂いたのだが、何より感激したのは、漆の持つ独特の時間軸に触れられたことだ。

(そのインタビュー記事は、こちら「東北オープンアカデミー」のウェブサイトで公開されているので、どうぞそちらも詳しくご覧頂きたい。)

写真の職人さんが型どりしているお椀型の木地は、昭和50年代、先代の時代に粗取りされたものだそうだ。粗取りした木地の乾燥には長く時間がかかるし、木地に塗る「漆」が育つのにも、やはり15年近くはかかる。それを待って工程を進めるのだ。今の職人さんが粗取りした木地は、たぶん20年とか30年とか後になって息子さんが削るのだろう。その時間の捉え方、時間との関わり方が、なんともよいものだなあと、ぼくには思えた。

貝沼さんに話を聞くと、漆には、やはりほかの伝統工芸にはない独特の「時間軸」があるのだという。その話がとても印象深かった。インタビュー記事から引用しよう。

漆塗りに使われる漆の液は、成長した漆の木の表面に傷をつけて採るのですが、1本の漆の木を育てるのに15年ほどかかります。この15年という時間は、暮らしの中で使い続けた漆器に、ちょうど塗り直しが必要になってくるタイミングとほとんど同じなんです。また、漆器の木地を採る木も、樹齢50年〜100年のものを使いますが、漆器の耐用年数も同じくらいの時間です。塗り直しが必要になったときには、漆の木が育ち、新しい器が必要なったときには、ちょうどよく木が育っていることになります。つまり、漆器の時間軸は木材の成長サイクルとリンクしているんですよ。漆器を使うことは、自分の生活を地球のサイクルに近づけていくことにつながると言っていいかもしれません。


そもそも1つの食器を15年も使えるというのに驚きなのだが、ハゲた部分を塗り直しをすればさらにもう15年寿命を延ばすことができると聞いてさらに驚いた。その30年の間に、新しい木が育ち、新しい職人もまた、成熟した技術を身につけることができる。すべてが「木の育つタイミング」に合わせられているのだ。

そこで思った。ぼくたちは何をそんなに急いでいるのだろう、と。

何のために毎日を一生懸命がんばり、次々に新しさを求めているのだろう。それでぼくたちは豊かになっただろうか。むしろ疲弊し、追い求めてきたはずの豊かさとは、まったく対極にあるような場所で、息もたえだえになっているのではないだろうか。そんなことを、漆は語りかけてくる。

ぼくたちは、知らず知らずのうちにいろいろな「軸」に支配されている。時間にしてもそう、金銭にしてもそう、もしかしたら恋愛もそう。それが「いい」とか「悪い」とか言いたいわけではない。今までとは違った軸を意図的に挿入することで、今までの自分の軸がどこにあったのかを客観的に探索できるのではないか、ということだ。

漆の時間軸。毎日の味噌汁や地酒を飲むたびに触れられたら、とても贅沢だと思う。使うたびに、今の自分の日常を問い直し、生活を足下から見つめ直すきっかけになりそうな気がするのだ。今から30年使ったら、ぼくは65になっている。廃炉を見届けるまで漆を使い続けるのも悪くない。

次に会津に行ったときには、漆のぐい呑みを探してみるつもりだ。

(終)

自由が怖い

f:id:RIKENKOMATSU:20150401235515j:plain


丁寧に作られた酒はうまい。基本の基本のキの字をおさえることを繰り返し、派手さはなくとも、大事なところは絶対に外さない。そうやってできた酒は強く、深い。そうだな、まるで「磐城壽」の山廃のように。

基本の積み重ねの上にこそうまい酒はある。そういう酒だからこそ、冷やでも熱燗でも常温でもうまいのだ。そして、料理のうまさを引き出してくれる。サボらない。手を抜かない。基本の基本のキの字の、そういう地味な仕事が一番難しい。

今日から無職になった。

エイプリルフールの話じゃない。ガチで。無職というとアレだな。なんというか無定職というかフリーランスというか、いちおう少しずつ仕事を引き受けつつある感じで、それは増えていく予定ではある。まあ、近いうちに何とか前職と同じくらいの収入にはなるんじゃないかなとか思ってるけど、どうなるかはわからない。

フリーになってみて初日に感じるのは、言うほど自由じゃないということだ。サラリーマンの時より、そりゃあ時間的な制約もなければ、別に仕事しなくてもいいし娘と一日中バブバブしていられる。けれど、以前に比べてとても小さなことが気になるようになった。何と言うか、身なりや言葉遣いや、そういった類いの。

今日は一件営業案件というか打ち合わせがあったのだけど、前職時代にはほとんど着なかったワイシャツ&ネクタイ&ジャケット&革靴である。まあ当然と言えば当然だし、別にそこまでカチっとしなくても気にしないお客さんも多い。でも、何となく、キチっとしておかないと「運が逃げるんじゃないか」とか、「バチ当たってどこかでヘマこくんじゃないか」みたいなことを感じる自分がいた。

おととい「丁寧な暮らし」について書いた。ぼくたちは怠惰な生き物である。コマいところをキチっとしておかないと、後々大きなほころびになったり、収拾つかないほどの大きな穴になってしまう恐れがあることをぼくたちはよく知っている。だから、自分の暮らしの足下を見つめ直すような「丁寧な暮らし」は、ファッションでもオシャレでもなんでもなく、何より自分の心の修練なのだと。そんなことを書いた。

これからは、いろいろなものが全部自分に跳ね返ってくる。これは怖い。

というか、これまでもそうだったのだろう。いろいろなものに甘え、あるいは依存して生きてきて、それはぼくたちの暮らしに全部跳ね返っていた。それは見えていなかっただけ。大きく跳ね返ってきたときにようやくわかるものなのだ。

昔の人たちは、バチが当たるとか、運が逃げるとか、そういう言い方をした。まあ、そんなことはきっと迷信に過ぎないのだろう。けれど、自分の店の前を掃き清めたり、何かをきれいに揃えたり、神棚の水を替えたりするのも、まさに修練なのだ。意味がないのではない。わかりにくいけれど、血肉になっているということなのだ。

生活もそうだろう。部屋を掃除する。モノを大事に使う。あったものをもとにもどす。あれやこれ。基本中の基本のキの字。

ぼくは根本がダラシのない人間なので、そういうことは超絶適当に済ませてきたのだけれど、たぶん、そういう小さなことを適当にやっていくと、商売の神様も寄ってこなければ、大きなミスを犯し、妻にも子にも逃げられる。ああ、そんな将来が見えるようで怖い。

そう、怖いんだな。

自立しようとすれば、ヘマは全部自分に返ってくる。自由の身になれば、多くのことは自分の責任だ。それでも、それが自分で立つということなのだろうと思う。特別なことは何もできない。ただ、基本の基本のキの字を繰り返し、足下を見直して、問題に気づいたらそれを細かく修正していくしかない。そしてそれが一番難しい。

きっと自由になるというのはそういうことなのだろう。とにかく無様なのだ。そのあたりのことに思い至ったというのが、初日の今日の収穫と言えば収穫かもしれない。

明日はうまい酒が飲めるだろうか。


(終)

 

丁寧な暮らしという名の苦行

福島県は広い。自分の地元のこともよくわかってないのだから、そこからひょいと遠くに行けば、自分の知らないことばかりだ。ぼくの暮らすいわき市小名浜から車で1時間半の船引町に、こんなすばらしい場所があることも、今日初めて知った。

f:id:RIKENKOMATSU:20150330232112j:plain


名を「蓮笑庵」という。自らを画工人(がこうじん)と称した、画家であり詩人であった渡辺俊明のアトリエ兼工房だった場所だそうだ。今日、とある仕事でその場を訪れることになったのだけれど、なんというか「自然にとけ込んだ」というのとも違うし、「静謐さ」みたいなとも少し違う、どことなく「思想」をまとった場所のように感じた。

蓮笑庵は、船引町の外れ、芦沢地区と言うところの里山にある。茶室やカフェスペース、絵本小屋、アトリエ兼ギャラリー、応接室など大小さまざまな建物が並んでいる。どれも、俊明の存命中に作られたもので、現在は、ご家族や常駐スタッフの手によって維持・管理されている。茶道教室や研修施設としての利用など、日々の暮らしを豊かにするためのプログラムも提供されているそうだ。

f:id:RIKENKOMATSU:20150330232225j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150330232239j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150330232256j:plain


それぞれ建物の中を見学させてもらった。特に応接スペースとなっている「万菜」という建物がすばらしかった。柱や桁、建具ひとつひとつにも職人の技が活かされている。季節感のある草花があちこちに飾られ、柱や壁にも俊明の作品が展示されている。四季折々の花鳥風月を楽しむような、俊明のシンプルで上質な暮らしぶりが目に見えるようだった。

しかし一方で、そうした俊明の暮らしへの眼差しが感じられる分、それが「隙のなさ」として感じられる面もあった。ぼくがテキトーな人間だからなんだと思うけれど、思わず背筋が伸びるような、そんな空気感。さきほど「思想」と書いたけれど、まさに何かを「学ぶ」には適した場所なのは間違いない。

精神修養というか、内省というか。おそらくこの場所は、俊明が生きていた頃も「地域に開かれた」ような場所ではなかっただろう。思考が内に内に向くような空気があるから、たぶんそうだったと思う。建物の外に出れば自然が無造作に存在しているようにも見える。でも、よく見れば植木職人の手が確かに加えられている。実にきめ細やかに、そして丁寧に管理されている場所なのだ。

f:id:RIKENKOMATSU:20150330232432j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150330232445j:plain


お茶を頂いた。お湯が柔らかい。風の冷たさが心地よかった。

丁寧な暮らしというのは手間がかかる。この広大な蓮笑庵では、庭の落ち葉を掃き清めることすら、ぼくにとっては重労働だろう。だから、そういう暮らしはおしゃれとか、サステナブルとかロハスとか、そういう言葉でごまかすのではなくて、はなから「心を鍛えるために行うものなんだ」と宣言してしまったほうがいいんだろうな。

めんどくせえと思ってしまう自分と向き合うのは楽しくない。でもそうして多少は背筋をピンと伸ばしていかないと、人間はいくらでも怠惰になる。めんどくさい、やりたくない、楽したい。そういう心(煩悩というやつか)を鍛え直すためにも、多少苦行めいた丁寧な暮らしを、この際少し学ばないとなあとお茶をすすりながら考えた。

そういや家の庭の芝生をなんとかしろと今朝がた母親に言われていたことを思い出した。また船引町に来る前に、やるべき苦行が小名浜にたくさんある。遠出しなくたって、ガイドブックや雑誌を見なくたって、自分の暮らしの足下に、丁寧な暮らしはいくらでも転がっているのだ。ああ苦行。

(終)

はじまりの美術館

とりたてて何かテーマを設けるわけではないのだけれど、日常の身の回りで体験したことや見聞きしたこと感じたことを、流れちゃうSNSではなくて、も少しきちんと構成されたものとして残しておきたいな、たぶんこれから残しておきたいことが増えてくるんじゃないかな、とか最近よく考えていて、今さらながらブログを残しておくことにした。

タイトルは、常磐の最果てから。

ぼくが住んでいるのは福島県いわき市。東北と呼ぶには雪が少な過ぎるし、東北なのに北関東って言っちゃうのも情けないし、かといって福島という言葉じゃ何やらいろいろ重たすぎる。そこで「常磐」という、常磐線ユーザーにしか馴染みがないが、しかし何やらとてもこの地域を言い表していそうないい感じの言葉をタイトルに入れて、この地から雑多に考えていこうじゃないか、というわけである。

最初のエントリなので、はじまりと呼ぶにふさわしい「はじまりの美術館」について書いておこうと思う。なんのことはない。今日、その美術館に行ってきたのだ。

f:id:RIKENKOMATSU:20150329222634j:plain


はじまりの美術館は、いわきからは車で2時間くらいの猪苗代町にある。前々から美術館の存在は知っていて、行かねばと思っていたものの、なかなか遠出するきっかけがなかったのだが、現在開催中の「ほくほく東北」という企画展に友人のドローイング作家tttttan.が出展しており、会期がなんと明日で終わる、こりゃあ見に行かねえと、ということでギリギリのタイミングで行ってきたのだった。

美術館は、とてもよかった。まず規模感がよかった。美術館とコミュニティスペースのいいとこどりのような空間になっていてとても居心地がよい。敷居も高くないし、かといってダラダラしてしまうでもない。ちょうどいい規模感なのである。

ちょうどいい規模感なので、大型の美術館よりも人との距離感が近く、学芸員の方も「学芸員」というよりは「知り合いの知り合い」みたいな感じで、いつの間にか友だちになったような感覚になってしまう。なんというか、「見に行く」というより「集まる」という感じの美術館なんだろうなあと直感した。

f:id:RIKENKOMATSU:20150329223714j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150329223726j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150329223737j:plain


美術館のコンセプトは「アール・ブリュット」。つまり「アウトサイダー・アート」である。芸術の訓練を受けておらず、現代アートのコンテクストや潮流に一切乗っからない自由な表現の作品のことを指すのだけれども、その新鮮な表現の第一歩を文字通りここから「はじめる」ための美術館ということで、「はじまりの美術館」なのだそうだ。

日展示されていた作品も、いずれもアウトサイダーアーティストによるものという理解でいいだろう。だいいち作品を展示している友人のtttttan.も「アーティスト」ではないし(彼本人は「線描家」という言葉を確か使っていたが)、本業の傍ら、空いた時間にしこしこと制作しているようなタイプである。しかし「だからこそ」コンテクスト抜きにシンプルに内面が発露され、アーティストではないぼくたちに届いてくるものがあるんじゃないかと思う。鑑賞の仕方を強制されるわけでもない。

f:id:RIKENKOMATSU:20150329225754j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150329225808j:plain

展示の仕方も面白かった。tttttan.の作品(写真・上)の傍らには、ハヤシラボ名義で花屋として活動している史緒の作品(写真・下)が展示されている。植物を使ったインスタレーションなのだが、美術館の柱から無造作に枝葉が伸び、tttttan.の作品にも干渉していたりするのだ。tttttan.の作品の右上には、史緒の作品の影が映り込んでいる。史緒の作品は、枝が線となり、2つの作品の境界線を曖昧にしているのである。

考えてみれば、史緒の作品は、屋外と屋内、作品と作品、生と死、さまざまな境界を曖昧にしていることに気づく。線とは、何かと何かを明確に区別するものなのに、史緒の線はそれをとても曖昧にしてしまうのだ。そこがとても面白かった。こういう多様な作品が展示される場ならではのものだろう。

福島を語ろうとすると、とかく二元論に陥ってしまいがちである。意識的にせよ無意識にせよ、どちらかの「側」に立って言葉を発してしまうことが多い。そうした自分を自認するからこそ、境界線を曖昧にしてしまうような2人の奥行きのある線に感じ入ってしまったのかもしれない。「境界線のなさ」は、「はじまりの美術館」にとてもふさわしいと感じた。

とまあ、こんな風にとても魅力的な空間なのだけれど、さきほど「集う」という言葉で言い表したように、ぼくはこの「はじまりの美術館」には「集う美術館」としての役割を期待したい。中心からは少し離れていて会津寄りだけれど、磐梯山猪苗代湖の近さは格別のものがある。福島県各地から多様な人たちが集うのに、とてもよい場所になると思う。

作品を見終えてカフェスペースでくつろいでいたら、船引町に住む友人がたまたまやってきて久しぶりに挨拶を交わすことができたし、その友人が連れていた別の方も、初めて会う人のはずなのに、話を聞けば、とあるメディアに寄稿しあうライター仲間だった。はじまりの美術館には、そういう力が確かにあるのだろう。

これからは、ハコモノに頼らず、市民や有志が少しずつ手間ひまをシェアしながら作り上げていくような場が必要だ。こういう小さな美術館をあちこちに持てるかが、地域の豊かさにつながっていくと思う。そして、そのような場だからこそ、税金や助成金をうまく投入しながら、「みんなの持ち物」として、長い目で育てていく必要があるように思う。

美術館でありカフェでもある。美術館でありコンサートホールにもなる。美術館であり集いの場にもなる。常にオルタナティブを身の内に抱えるような多様性は、このような小さな美術館だからこそ必要性に応じて生まれてくるものだと思うけれど(そうでもしないと続いていかない)、それゆえにぼくはこの「はじまりの美術館」に可能性を感じたし、なにか自分でも関われることがあるんじゃないかと、そんな期待をしてしまうのだ。

その意味では、猪苗代町近辺の住民だけでなく、もっと広く、福島県のはしからはしまでの人たちをここに集わせるような魅力あるコンテンツ、企画が必要になってくると思う。2時間車を運転してくるだけの理由になる仕掛けを切れ目なく繰り出していけるか。美術館の皆さんの企画力にも大いに期待したいところだ。どうか、地域と人に開かれた美術館であり続けてほしい。

f:id:RIKENKOMATSU:20150329232907j:plain

f:id:RIKENKOMATSU:20150329232918j:plain

そうそう。美術館の脇には、「しおやぐら」というおそば屋さんが。山の恵みたっぷりの豊富なメニューと優しい味付けがよかった。ここでいっちょ腹ごしらえして、アウトサイダーたちの作品と向き合ってみてはいかがだろうか。参考までに、ぼくはけんちんそばと、山菜の天ぷらを食べたけど、次は鴨南蛮そばを食べるつもり。

4月18日からは、日本財団アール・ブリュット美術館合同企画展「TURN」が予定されている。入館料も200円!なので、また足を伸ばしてみようと思う。

f:id:RIKENKOMATSU:20150329235826j:plain


帰り際、せっかくだからと猪苗代湖に寄り、パンの耳を鳥たちに投げつけていたら、遠投した拍子に上着のポケットからケータイが飛び出して、猪苗代湖に入水してしまった。ほんとうはブログを悠長に書いてる余裕がないほど落ち込んでいる。いや、何かで気を紛らわせてないと自分への怒りが沸々と湧き出てくるといったほうが正確かもしれない。

今はただ、ジップロックとシリカゲルに祈りを捧げているところだ。

(終)